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甲、乙、丙・・などの十干と、子、丑、寅・・などの十二支を、干支の順に甲子、乙丑、丙寅・・と日を追って組合せて行くと、60日目に同じ組合せの日が巡ってきます。
庚申信仰は、この中の「庚申」の日に営まれる信仰行事で、中国から始まり伝わってきたのでした。
人の体内には「尸」という虫が宿っていて、「上尸は頭の中で目や顔や髪をいため、中尸は腹中で五臓を害し、下尸は足にいて精気を奪い命を縮める」といわれており、さらにこの「三尸虫」は、「庚申」の日の夜更けに睡眠中の体内から抜け出して天に昇り、その人の過失や非行などすべてを天帝に告げるので、天帝はこれに依って罪を裁定し、その結果悪い病気に苦しんだり早死にしたりするといわれています。
したがって、この夜を眠らずに過ごすという「守庚申」が行なわれてきましたが、次第に庶民の間に「庚申待」「庚申講」が定着し、人々は回り持ちの宿に集まって、掛け軸を掛け念仏を唱え酒食を共にしつつ、「話は庚申の晩」とのことわざのとおり賑やかに一夜を明かしたのでした。
こうして各地に多くの「庚申塔」が建てられており、その本尊の「青面金剛」は、仏法を守る神帝釈天の使者で顔色青く、六腎(六本の手)、三眼(三つ目)、忿怒相(怒った顔)をしていて、病魔を払い除く大きな力を持つとされています。
また、塔に刻まれている「三猿」は目と口と耳を両手で塞いだ「見ざる、言わざる、聞かざる」の三匹の猿で、「かのえさる」と音が合っていることや、三尸虫が報告に行かれないようにとの念願がこの猿に込められているとも思われるのです。
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県道八王子城山路傍(相原6-12)
・青面金剛=高さ115cm
天明2年(1782)
森下口口講中、笠・三猿付
・庚申待供養塔=高さ72cm
宝歴4年(1754)
・庚申塔(10基)=高さ37cm
明治12年(1879)〜20年
阿部仙次郎、井上幸助
城山町境路傍(城山町町屋2-1)
・庚申塔(9基)=高さ36cm
明治14年(1881)〜30年
井上安兵衛
あみだ堂境内(相原6-17)
・阿弥陀如来庚申塔=高さ130cm
平成10年再建、笠・三猿付
みのくち交差点(相原4-25)
・庚申塔=高さ50cm
南北講中
相原橋手前交差点(相原1-8)
・青面金剛=高さ62cm
享保6年(1721)
安室助佐衛ほか計7名、三猿付
・青面金剛=高さ68cm
寛延元年(1748)
相州田尻村、武州森久保村
笠・三猿付
二本松八幡神社(二本松3-14)
・庚申塔=高さ55cm
安永7年(1778)、荒川講中
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