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相原6丁目の境川に架かる二国橋から東原宿交差点に向かう県道八王子城山の中ほどの路傍に庚申塔などの石仏群がありますが、外ノ御前社はこれをふくめてさらに東方の相原6−11と12に7、012u(2、121坪)の社地を有し、杉を主に240本の樹木が茂っていました。
そして、この森を境に土地の低い北側は「森下」、高い南側は「森の上」と呼ばれてきたのでした。
社殿は正面、奥行がともに4.5m(15尺)で、内に正面1.8m(5尺)の本殿があり、祭神は子宝、安産の神とされる木花開郁媛命が祀られ、「子易明神」ともいわれておりました。
しかし、明治4年(1871)神社に社格が定められたため、当社は無格社として同8年ごろ村社相原八幡宮に合祀されたのでした。
その後、村人たちが気がつくと社殿の一部が壊されて何処かに運ばれているようなので交替で見張りをしていたところ、真夜中に大きな白蛇が現われこれをくわえて東のほうに這い進み、清兵衛新田の氷川神社の境内に積み上げていたのでした。
このため、双方の村人が話し合い「これは神さま同士のご神意であろう」として氷川神社(清新4−1)に譲られました。これが同神社内に安置されている本殿とのことです。 |
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馬頭観音は、江戸時代の中ごろから馬の病気や安全を守る民間信仰としてまた死馬の供養のために道ばたや屋敷内に数多く造立されております。相原地区では九基が道ばたにたてられ、うち道標を兼ねたものが二基あります。
(1)、前述の地と反対に県道から西に入った旧道にあって、上部は観音座像で下部は角柱の道標となっており、「右、津久、左、八王」と何れも下の文字が欠けて、二行に並び、右側面には「明二」とだけ見えて「天明2年」(1782)と推測できます。高さは約50cmです。
(2)、相原公民館前の市道相原大島を北方に150mほど行った右側にあり、石積みの台座の上に立つ高さ54cm、経22cmの円柱塔です。
正面には「馬頭尊」とあって右側面には「右は、大山(阿徒ぎ、ほしのや)道」、左側面には「左は、加奈川道」と刻され、裏面に「明治四年、志主小星」と彫られています。
なお、「ほしのや」とは座間市の妙法山星谷寺という古寺のことです。 |